「だまされた」と思わせずに大衆を騙すテクニックがわんさと紹介されている。
広告・政治宣伝のからくりを見抜くスゴ本。コマーシャルで衝動買いしたり、連呼されるワンフレーズ・ポリティクスに洗脳されることはなくなるだろう。マスメディアの欺瞞を意識している方なら自明のことばかりかもしれないが、それでも、ここまで網羅され研究し尽くされているものはない。
もちろん、チャルディーニの「影響力の武器」と激しくカブってる。その研究成果が幾度も引用されており、暗黙のお返しを求める返報性の罠や、小さなものから大きなコミットメントを求める一貫性の自縄自縛のテクニックなんて、そのまんまだ。
しかし、破壊力が違う。「影響力の武器」を一言であらわすならば、「相手にYesといわせる」ことを目的としているが、本書はそれに加えて「相手を説得し、積極的に賛同させる」ことがテーマなのだ。さらに、一人ふたりではなく、大衆レベルで実現しようとしている。あたかも自分自身の考えであるかのように、自発的に受け入れるように仕向けるテクニックが「プロパガンダ」なのだ。
誉め言葉としては最悪かもしれないが、ナチスやカルトを興すノウハウが沢山ある。
ここでは、その一部を我流に解釈してご紹介。広告や政治家に騙されないことを目的としている本だが、それに限らず、自分の営業活動に応用したり、モテるテクニックとして悪用(?)も可能だ。
例によって長くなりすぎた。見出しは次の通り。
1 ラッ○ンの絵を売るキレイなおねえさん
2 ヒューリスティックによる騙しのテクニック
3 操作される欲望「自己イメージ法」
4 某大型電気店の「ローボール・テクニック」
5 騙されないための3つの質問
6 おまけ : カルトの教祖になるための7つの方法
■1 ラッ○ンの絵を売るキレイなおねえさん
説得手法を一つ一つ見ていったらキリがない。格好のエピソードがあるので、そいつをご紹介しよう。
本書に出てくる強力な説得手法を見ていくうちに、「あること」に気づいた。それは、わたし自身、この説得に出会っているということだ。もちろんテレビコマーシャルやPR戦略といったマスメディア向けのもあるが、もっと個人的な意味で。まだキャッチセールスが一般用語でなかった頃の話だ。
本書のコトバを使うなら、
・返報性の規範
・一貫性の罠
・罪悪感に訴える
・自己イメージ法
・希少性を強調する
・ドア・イン・ザ・フット・テクニック
・セックスアピールを利用する
が、ほぼ完全な形で使われていたね。このセールスシナリオを書いた奴は、本書を読んでいたに違いない。
「ラッ○ンの絵に興味ありますか?」とキャッチされ、そのまま連れ込まれた先は、広いフロアを幾重にも区切ったブースの一つだった。季節はずれのボディコン服に目を奪われたことは秘密だ。
最初は、「アンケートにお答えいただきます」だった。趣味や年代、どういう絵に興味があるかといった、あたりさわりのない質問に答えていった。そして、アンケートに答えた報酬として、ラッ○ンのマウスパッドをもらった。
で、次はそのアンケートを用いて質問・プレゼンタイムになった。焦点は、「わたしが何に興味を持っているか」や「わたしはどんな性格か」だった。絵を売りつけられるのかしらん、とビクビクしていたので、ちょっと安心したことを覚えている。
さらに、「こういった絵はどうお感じになりますか?」と、いくつか絵の評価を求められるようになった。あれこれ好き勝手しゃべった。自分のことを聞いてくれるのは気持ちがいいもんだ。よいと思った絵を選び、どういった点がよいと思ったかを質問されたね。
怖がって彼氏をコミットを作る方法
それが、いつのまにか、「その絵を買うとすると…」という話になっていた。その絵はとても希少性があり、かつ高価なのだが、会員(年会費無料)になると特別価格になるという。さっきの「アンケート用紙」はいつの間にやら「申込用紙」になっており、あとは自分の名前を住所を書くだけとなっている。
後知恵になるが、今にして思い返すと、この時点で「一貫性の罠」に陥っていたんだね。アンケート→質問→評価と段階を追うにつれて、コミットメントをくりかえしたのだから。「わたしはこんな性格で、こんな絵が好き。だから、そいつを買う」の一つ一つにYes,Yes,Yes,と答えていったのだから。
さらに、マウスパッドをもらっているのでいまさら断りにくいというのもある。「返報性の規範」だ。返そうとしても笑顔で、「プレゼントですから」と返される。ノベルティ恐るべし。そういやコーヒーも飲ませてもらったっけ。どれくらい時間がたったのか…2時間!? そんなに!
まだある。最初に高い値段でふっかけた後、ぐっと値を下げるやり方は「ドア・イン・ザ・フット・テクニック」。最初の提案は断られるのを承知で、次の価格が本命なのだ。敷居が下がったので妥協しやすくなるのと、最初の提案を断ったという罪悪感に訴えることができる二重の罠だね。
結論から言うと、サインはしなかった。断ることがこんなに大変だったのは、おねえさんに対する罪悪感(大事な時間を遣ってしまった)ことだけでなく、自己イメージを覆すような決定を下したからなんだね。おねえさんが絵を売るのは仕事だから、断るのはこちらの勝手。むしろ、最初に言っていた「○○が好きな自分」とは別の決定をしたことで、自己一貫性を損なっている感覚が辛かったのではないかと。
■2 ヒューリスティックによる騙しのテクニック
第16節「パッケージ」に、ヒューリスティックによる騙しのテクニックがある。
ヒューリスティック(heuristic)とは、課題解決の際に用いられる単純な手がかり、もしくはルールのこと。例えば、シリアル食品を選ぶ際、母親は「栄養」が手がかりとなり、子どもは「おまけ」がそれに相当する。
情報量が莫大で、選択肢も有り余るほどなので、意思決定のための時間なり労力がほとんどなくなってしまっている。そのため、「栄養」「おまけ」「プレゼント」といった、その商品の判断基準を設け、それにしたがって決定するやり方が有効だ…というよりも、無意識的にこれをやっている。
著者によると、ヒューリスティックは容易に捏造したり操作したりすることが可能だという。シリアル食品の箱は、健康的に見えるようデザインを変更できるし、芸人の動きに合わせて笑い声やスーパーを挿入することもできる。政治家は効果的な身振り手振りをさりげなく出せるようイヤホンを通じて指示を受けることができる。容貌は、メーキャップや整形手術によって改善可能だ――シリアル、芸人、政治家の本質とは無関係に。
自己啓発書で「成功するための服装術」とか「好感を持たれる話し方」があるのは、適切な印象を与えるための正しい服装があるから。人は見た目が十割だったり、第一印象が全てを決定するのは、ヒューリスティックの説得がいつまでも続くから。
つまり、自分の意思如何にかかわらず、それっぽい格好と言動を身につけることにより、外見の鎧をまとうことができる。そんなのあたりまえだって? これを意識することで、騙しを「加速」させることができる。騙す相手によって、自分のパッケージを決めるわけ。詐欺師の常套やね。
注意して欲しいのは、それらしい格好をすればいい、ということではない。「それらしい」と判断されるポイントは、変わらないということ。シリアルを選ぶ判断ポイントが「栄養」である人は、ずっと「栄養」で選び続けるし、服装で判断する人はずっと「服装」がヒューリスティックになる。
私は彼女にだまされている場合はどうすればよい
たとえそれが間違っていることが分かったとしても、変えないんだ。「○○政策を重視しているから」「ハト派だから」で選んだ政治家が期待を裏切ったとき、別の人に投票するかもしれないが、判断ポイントは変えない。ヒューリスティックを疑い、「その判断ポイントはそもそも適切だったのかしら」なんて思わないからね。
■3 操作される欲望「自己イメージ法」
第17節 「自分を納得させる」には、自己イメージ法が紹介されている。
「影響力の武器」にもあるが、要するに、自分でメリットを考えさせるやり方だ。例えば、ケーブルテレビの契約を取り付ける話がでてくる。「ケーブルテレビを導入したら、どんな番組を見たいか、少しの間、想像してみる」や、「自分だったらケーブルテレビの利点をどのように使い、どう楽しむかを考えてみる」ことにより、契約書にサインするように説得させる技術だ。クルマの代理店でも聞くよね、「どんな利用シーンをイメージしますか?」とか。
これは商品を売りつけるやり方に限らない。モテ・テクで言うなら、「彼のどこがいいところ?」というやつだろう。付き合おうか迷っている彼女に、第三者がこの質問を投げると、あれこれ好感ポイントやメリットを挙げた挙句、「付き合う」を選ぶだろう。自分で判断しているとはいえ、「いいところ」を考え出しているのは自分自身なのだから、そいつを否定するのは、ほぼ不可能だ。
自分に好感を持ってもらうときにも使える。こんな風に――わたし(Dain)にとって、お近づきになりたい彼女がいるとしよう。お互い顔見知り程度で、もう一歩進めたいときに使うテクニックだ。友達の協力が必要だが、お近づきになりたい彼女に対し、こう言ってもらうんだ。「Dainとは知り合いでしょ? あいつのいいところってどんなところ?」ってね。
ひょっとすると、よく知らないから…とかわされるかもしれない。そのときは「ほら、オレはDainと友達なんだけれど、あんまり知り合っていないあなたの目から見た"いいところ"を知りたいんだ」、ブラインド・ミーティングの紹介文を書かなければならないからとかなんとかと言い包める。そして、ムリヤリにでも"いいところ"を考えてもらう。
その"いいところ"だと彼女が思うイメージ(やさしそうな、意志が強そうな、物静かな、○○が得意そうな、親しみやすそうなetc...)こそ、彼女の自己イメージになる。彼女が男性を選ぶときのヒューリスティックになっていることも念頭に入れて、そこを強調するような行動すればさらに効果的。友達を介せず、自分を「道化」化してもいいなら、自分で「ボクのいいところって分からない、教えて」とアタックしてもいい。
■4 某大型電気店の「ローボール・テクニック」
これは「つい買ってしまった」話。
ハードディスク内蔵のビデオカメラを買うために、ネットや電気店をあちこち見てまわっていたとき、この「ローボール(lowball)・テクニック」に出会った。もちろん、そのときはこの名前も知らないし、そもそも自分が説得されているとも思わなかった。
つまりこうだ。
某大型電気店を訪れたとき、お目当ての製品の値段リストを持っていた。ネットショップなら○円、競合店なら○円といった一覧表を作ってたわけ。この表を作るのに、どえらい苦労をかけた。価格.comも便利だけれど、アフターサービスやポイント特典は一つ一つ調べなければならない。リアル店舗も負けじと特典をつけてくるので、リストはどんどん長くなっていた。
で、交渉に入ったわけ。
もちろんこちらはリストを見せて、「ヨドバシさんなら○円で、しかも特典つけてくれる」とか言うわけ。販売員さんは電卓たたいたり、「ちょっと訊いてきます」と席をはずしたりしているんだ。年度末だったので、かなり有利だと思ってたわけ。
そして、思ったとおり、最安値+特典つきで決着した。やったねって思ったね。
"女性は誰がストーカーしている"
お決まりの保障契約書の記入といった手続きを済ませ、いざ支払い。店員さんにカードを渡して、ボーっと待っていた。商品はすでに手元にあって、入園式までに使いこなせるように、今日は練習だなーなどと思いをめぐらしてた。
そしたら、申し訳なさそうな顔で店員さんが戻ってくる。値引きの計算違いをしていて、店長にそれを指摘されたというのだ。特典はそのままなのだが、価格は競争店より少し上回るそうな。
そりゃ、えーッという気分になるわな。もちろん「買うのやめます」というのはできるが、あとはもう持って帰るだけなのを、チャラにしなければならない。契約書も書いているから、買う気マンマンというより、もう買った気分でいる。なんてこった…
本書によると、このとき起こっていることは、次の3つがポイントだという。まず、購入しようという決定は変更可能だが、「記入する」という行為や「カードを渡す」ことで、コミットメントが強まっている。次に、このコミットメントによって、カメラを使うという楽しい期待が本物になろうとしている。取引を中止してこの期待を放棄したら、おおいに失望することになる。最後に、示された価格は高いものであるが、べらぼうに高いわけではない。そして、
こんな場合、おそらく客は次のように考えるだろう。「なんてこった。でも、せっかくここまでやって来て、いろいろ書類に書き込んだしなぁ…何もまた他に店に回らなくても…」もちろん、著者の指摘どおりの行動をとった。すなわち、その店で買ったわけだ(リストまで作って検討したにもかかわらず!)。値段が安い店を最優先するつもりで作ったのに、どうしてあんな行動をとったか、今なら分かる。
コミットメントはコミットメントを再生産する。すなわち、小さなコミットメントをしてしまうと、それがさらなるコミットメントを行う状況を作ってしまう。最初の行動を正当化しなくてはならないために、態度が変化する。そしてこの態度変化が、将来の決定や行動に影響を及ぼす。
たかが電化製品の購入と笑うなかれ。本書にはその応用編として、割の合わないビジネス戦略を採り続ける企業の話や、多数の犠牲者を出しながら、なんら現実的な目的のない戦争を続ける某国の例が出てくる。コミットメントか積み重ねることで、最初の意図とは異なる決定を下す。陰謀説にした方が気楽なんだけど、実際はそうじゃない。「ボタンのかけちがい」は、悲劇の理由の比喩としては、あまりにも無神経だ。
北爆は北ベトナムの民衆の戦意を喪失させることなく、むしろ高める結果にしかならないという決定的な証拠があったにもかかわらず、参謀本部は北爆の続行強化を決定した。北爆を激化させるという意見が参謀本部で強かったのは、すでになされた決定と一致していたためでしかなかったからだと、 結論づけられている。言い換えると、戦争に対するそれまでの投資について生じた自らの不協和を低減するために、参謀本部は戦争をエスカレートさせたのである。誰だって嘘はつきたくないが、自己正当化の罠は自分自身をもハメる強力な「武器」であることを、お忘れなきよう。
■5 騙されないための3つの質問
ナチスの宣伝大臣ゲッベルスは、プロパガンダの力をよく理解し、こう主張していた。
大衆は、最も慣れ親しんでいる情報を真実と呼ぶのである
そのため、プロパガンダは単純で明瞭な言葉をくりかえすことで世論に影響を与えようとした(そして大成功だった)。うすうす身構えていたのだが、本書を読んでからはもっと強く意識するようになった。政治家やニュースキャスターの口から簡単なフレーズがくりかえされるとき、気をつけるのではなく、警戒するようになったのだ。
商品名の連呼やワンフレーズ・ポリティクスといった、「分かりやすい」説得手段なら、まだ体制を整えることができる。
では、「返報性の規範」や「一貫性の罠」、あるいは「罪悪感に訴える」といった分かりにくい搦め手できたときは、どうすればよいか? あるいは、説得の技法で攻撃されていることが分かりつつも逃げづらいときは、どうすればよいのか?
本書に示されるような説得の技法を学ぶことで、騙されなくなるのかというと、実際のところ、それだけでは足りない。説得の技法から免れていると思うことと、実際に免れていることは違うからだ。
例えば子どもにCMの話をしてやればいい。テレビで商品名を連呼しているのは、覚えてほしいからだとか、○○を食べるとパワフルにシュートを決められるのは何の関係もないとか。広告のしくみや目的を教えることで、子どもたちは広告に対して懐疑的になるかもしれない。しかし、だからといって広告に出てくる商品を買いたくなる気持ちが弱まるかというと、そんなワケなかろう。騙そうとしているのを承知で、わたしたちは買っているのだ。
騙されないためのテクニックがいくつか紹介されているが、ここではその一つ、「悪魔の唱道者役を演じる」をご紹介。説得する意図がはっきりしており、決定が下されていない場合に有効なやり方だそうな。相手側、すなわち説得者になりきって、この説得コミュニケーションを診断する。
- 説得する側は、何を得るのか
- なぜ、こうした選択肢がこのような形でわたしに示されているのか。他の選択肢はあるのか、選択肢を提示する別の方法はあるのか
- 提示されている選択肢以外の選択肢を選ぶと、何が起こるのか。別の選択肢を支持する論点は何か
かつて、「悪のマニュアル」という犯罪の手引書があった。窃盗から殺人までイラスト入りで分かりやすく解説してあって、誰でも始められそうな敷居の低さだった。こういう本があるから、犯罪が増えるのか、犯罪を防ぐために本が必要なのか、分からなくなってくる。
そう、本書だって一緒。「説得の技術を紹介することで、その真の目的を暴き、騙されないようにする」ことを目的とした本なのだが、ここまで微に入り細を穿つ書き口なので、逆に、こいつを悪用しだす奴が出てくるのではないかと心配になってくる。
■6 おまけ : カルトの教祖になるための7つの方法
リストだけ引用。第35節には詳細な解説がなされている。まさに悪用厳禁やね。
- あなたの社会的真実を作りなさい
- グランファルーンを作りなさい
- 不協和の低減を用いてコミットメントを引き出しなさい
- 教祖の信頼性と魅力を確立しなさい
- 未救済者を転向させるために信者を送り出しなさい
- 信者たちを「好ましくない」考えから遠ざけなさい
- 信者の視野を幻に集中させなさい
最後に。本書と、「影響力の武器」の両方を読めば、説得に関するほぼ全てのテクニックを効率的に身につけることができる。
くれぐれも、悪用なさらぬよう。
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